2011年05月04日

第12回西麻布「真」その1

鮨店の空間デザインレポート−1「カウンターの話その1」
レストラン空間考は今回からしばらくの間、現在工事中の西麻布の
鮨店「西麻布真」の工事進行をレポートします。
普段我々は完成した店舗で食事をすることで空間を体験しますが、
その空間がどのように作られて行くか、体験する機会はあまりあり
ません。そこで今回はその工事の状況を詳細にレポートしてみよう
と思います。
さて、現在僕が携わっているのはこれまで西麻布で数年にわたって
営業をしてきた人気鮨店「西麻布真」の移転計画です。現在は西麻
布交差点に近いビルの3階で営業していますが、路面店への移転を
目指して物件を探していました。昨年末にいい物件が見つかり、縁
あってその移転の計画を、資金計画から含めてお手伝いさせて頂く
事になりました。現在は工事が始まり、壁の下地を作っている段階。
 移転先は現在の場所からさほど遠くはなく、やや渋谷によった飲
食店が建ち並ぶ通りに面した1階となります。この物件は道路から
2メートル程度建物がセットバックしており、店構えを作るには理
想的な条件が整っています。路面店の場合、入口が道路に直接面し
ていると、外部と内部が扉一枚で接してしまい、アプローチ空間の
演出にとても苦労します。カフェやビストロなど、街と一体になっ
た空間を演出する場合にはさほど問題にはなりませんが、レストラ
ンや鮨店など、非日常的な空間演出が必要な場合には、この扉一枚
での演出というのはかなり難題となります。むしろ地下や2階にあ
った方が、そこまでのアプローチで心理的な演出をしやすいと言え
るでしょう。
今回はそういう意味で、この2メートルあまりの空間を如何に利用
するかも重要なテーマとなっています。 さて、では室内の概要を
説明します。入口の扉をあけると細い通路が伸びています。

真店舗平面1.jpg

 アプローチは砂利敷をイメージした洗い出し仕上げ。右手には4
人席の個室(小上がり)が作られています。正面の暖簾をくぐると
8席のカウンターが客を迎え入れます。カウンター席と個室の間に
は2人から4人程度が座れる小さなコーナーが設けられ、少し早め
に来店したお客様の待機スペースやテーブル席を希望されるお客様
用に利用します。
 カウンター内の作業スペースの裏には厨房や洗い場が設けられて
おり、外部のベランダに直接出られるようになっています。仕込み
の厨房はトイレと共に、階段を下りた地下に別途設けられています。
 鮨屋の命とでもいえるカウンターですが、今回は6人+2人の
L字型の配置となりました。鮨店のカウンターの場合、一人の職人
が握って客に出す場合にはおのずと物理的な限界があります。僕の
経験では10席が限界です。一人あたりの席巾を60センチから70セ
ンチと想定するとそれでも6メートルから7メートルの幅にカウン
ターが広がることになりますので、一箇所からサービスするのはほ
ぼこれが限界です。10席の場合にはL型、もしくはコの字型のカウ
ンターとして一歩踏み出せば付け台に手が届く程度で収まっている
はずです。一文字のカウンターであれば4から5メートルで8人が限
界でしょう。理想的には6人だと言えます。店舗の地型によっても
大きく左右されるカウンターの形状ですが、あわせて採算性を考え
て今回は8名としました。
 カウンターは一般的に木の材料が使われます。仕上げも素材もさ
まざまですが、最も高級と言われているのは木曽檜の無節材を使っ
たカウンターです。檜のカウンターといっても現在では大木はほぼ
伐り尽くされており、すっきりとした目の細かい柾目の板材は殆ど
手に入りません。入ったとしても数百万円はするでしょう。一方で
昔からなぜか鮨屋のカウンターは無垢材が好まれます。見た目の厚
みとか触り心地など、確かに練りモノ(薄い突き板を集成材の表面
に貼付けたもの)と無垢材ではそれなりに印象が違います。しかし
無垢材にこだわると前述のように入手が困難なため、多少目が粗い
ものや、板目(年輪の模様が表に出ているもの)の材料しか一般的
には使えません。なかなか悩ましいところです。
 今回は主人と一緒にいくつもの板材を見に行きました。その印象
は次のようなものでした。
 吉野檜:吉野は1000年続く林業によって今でもそれなりの大木
     が存在する。厚み、幅とも申し分のない材料はあるが、
     人工林ということもあって目がやや疎い。また独特な赤
     味を帯びた色合いがある。主人にとってはこの赤味のあ
     る色が気になったようだ。また吉野材料は切り出しから
     製材まで約2年の乾燥期間で出荷される。はたしてこの
     2年という歳月が木材の乾燥期間として十分なのかどう
     かが気になった。
 木曽檜:4.5メートルの長さをとれる立派な物だったが、それを
     超えると節が存在する。10年以上の乾燥期間を置いて
     いる材料であったが、コストパフォーマンスを考えると
     なかなか手が出せない。
 栓の木:同じ銘木店で見たものの中に、栓の木があった。多くは
     北海道で産出されるが、これは大木がそれなりの価格で
     入手できるので、見た目には代替品として使えるような
     印象をもった。しかし栓の場合檜よりは柔らかい木であ
     るため、カウンターとして使う場合には何らかの保護剤
     を施しておかなければならない。
 台檜 :国産材ではないが、もう一つ大きな塊の材料を見せても
     らった。それは台湾の檜で「台檜」と呼ばれる木材であ
     る。特徴は強い香りとオレンジがかった色味である。
     やはり鮨店のカウンターとしては色味は重要であるため、
     今回はこれも見送った。
 
カウンター材.jpg



















 結局現在のところ少し木目にあばれのあるものの、本格的な木曽
檜の無垢材を他と比較しても安い価格で提示してくれたものを使用
することになっている。
 さて、カウンターの工事でいつも問題になるのが、木材の乾燥に
よるあばれである。L字型のカウンターでは、その継ぎ目が割れてし
まっているのをよく目にする。木材は生きた材料であるため、何年
も乾燥させた材料であっても、空調の効いた店内で使用すると、ま
たたくまに乾燥収縮が始まり継ぎ目がすいてしまうのだ。無垢材を
使用すると年輪の内側と外側で乾燥収縮率が異なるため、反りや曲
がりも生じてしまう。昔の大工はそうして反ったり曲がったりした
カウンター材をマメにカンナをかけて調整していたが、現代ではそ
ういうメンテナンスをしながら使うという経験があまりないため、
どうしても「反りや縮みがないようにして欲しい」とよく言われる。
 実際、無垢材を使用する場合にはある程度覚悟して使ってもらわ
ないと現実的にはほぼ不可能なのである。今回はそれをわかった上
で使用するため、継ぎ手部分にボルトを仕込んで、すいたらボルト
を閉めるという方法で対応できような継ぎ手を考えている。もちろ
ん壁との取り合いもカウンターを壁に飲み込ませるようにして、収
縮しても壁との間に隙間が生じないように工夫している。
 カウンターの制作は内装全般を担当する工事業者とは別途、主人
が直接買い付けて納品してもらうことになっている。 次回はカウ
ンターまわりの更に細かいデザインや寸法についてレポートします。
【関連する記事】
posted by ニコラス at 11:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 割烹/寿司店インテリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月26日

第11回「ル・マンジュ・トゥー」

「シェフの小さな城」

市ヶ谷の住宅街に店を構えてから16年、今尚、最先端のフランス
料理を発信しながら後進達の憧れの的として存在しつづける谷昇
シェフ。今回は谷シェフの城である、この「ル・マンジュ・トゥ
ー」について紹介します。
 とてもシンプルで料理人谷昇の哲学を表現したような内装。し
かしここに至るには長い熟考と思索の期間があったという。もと
もと一つの建物の半分がマンジュトゥで、角を曲がったところに
はタバコ屋があって、その二階がアパートになっていた。移転改
修にあたって、このタバコ店も含めた全体を店舗として使用する
ことになったことで、レストランとしての店構えをきちんと作る
ことができた。
 一階の入口はガラス張りになっていて、外から覗くとカウンタ
ー越しに調理場が全貌できる。カウンターは最初のもくろみで、
酒屋のカウンターをイメージして作ったシェフズデーブル。一品
とグラスワインをちょっと引っ掛けて帰るようなお客様にきても
らおうという気持ちから計画した。とはいえ、上のレストランと
同じメニューをしっかり食して帰るお客様も結構いた。レストラ
ンは一階が厨房、2階がホールになっている。2階にはパントリ
ーと化粧室もあるので、ホールの面積はかなり小さい。席数で
14席。そのうち7席が壁沿いのベンチシートで7脚が椅子。旧
店が24席あったことを考えると思い切った減数である。これに
ついては、以前の店が動線が長く、料理を作ってからお客様に届
けるまでの時間がかかってしまったなどの問題があり、自分達の
経験から考案したできるだけ機能的なサービス動線、お客様にゆ
っくりと過ごしてもらえる空間作りを優先して席数を減らしたと
いうことであった。

rimg.php.jpeg

 レストランを入ってから2階のホールには階段を上ってアプロ
ーチする。このアプローチはレストランにとって、とても大切な
プロセスである。日常の喧噪から離れてレストランの扉をあける。
そこがすぐホールだとどうしても気持ちの整理ができずに日常を
引きずったまま食卓につくことになるが、谷シェフはこの道のり
にできるだけ長いプレリュードを演出してくれというリクエスト
をデザイナーに出した。そしてこの階段部分を上るとき、すこし
づつ気持ちが高鳴り、これから始まる食事への期待が高まってく
るのである。
 ホールの空間は、至ってシンプルにできている。余計なものは
なにもなく、気のきいた調度品がいくつか置かれている。レスト
ランによくある絵や写真などははじめから一切置く気はなかった
のだそうだ。脚が音符になっている人形はメートルの楠本氏がロ
イヤルコペンハーゲンで購入したもの。そして皿についてはこれ
も磁器で探した結果リチャードジノリの皿に行き着いた。毎年自
分達が変化している努力をお客様にも感じてもらうため、新作の
発表会には必ず足を運び、少しづつコレクションも増やしている。

マンジュトゥ平面.jpg

もう一つこの店の特徴として見逃せないのはかすかなアロマの香
りである。もちろん食事を邪魔するようなものではない。おしぼ
り、化粧室のタオルなどにひっそりと潜ませている香り。これは
奥様がチュニジア人の先生から学んだアロマを展開して、季節ご
とに香りを変えて、食事の空間を優しく演出しているものだ。タ
オルやリネンは全て自分達で洗って、管理している。
 椅子についてもこだわった結果、まず7脚ある椅子を決めてか
ら内装のデザインをはじめたということだ。その椅子が空間の中
で確かに主役を演じている。
 谷シェフは今後もっと卓数を減らして食事の時間と空間を改善
していきたいと語る。理想的には一日一客、しかし商売にならな
いので、その分一階のシェフズテーブルも充実させ、ハレの世界
とケの世界をしっかりと分けて、さらに先のレストランを目指し
ている。
 オーナーシェフだからこそできること。それがこの店には満ち
あふれている。現状に満足することなく、あくまで高みを目指す
谷昇シェフの気持ちが伝わってくる。「ル・マンジュ・トゥ」で
はそんな空間も料理の大切な脇役の一つとなっている。
posted by ニコラス at 01:01| Comment(1) | レストランインテリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月25日

第10回「フォリオリーナ・デッラ・ポルタフォルトゥーナ」

1月23日(日)軽井沢にあのイタリア料理店が移転再開した。
フォリオリーナ・デッラ・ポルタフォルトゥーナ。イタリア料理
好きなら一度は聞いた事のある店名であろう。2002年中目黒で
オープンし、2003年5月からは一日一客の完全予約制のレストラ
ンとなり、会員制でないにも関わらず、新たに予約を入れるのは
ほぼ不可能とまで言われた超人気店であった。2009年6月で一旦
フォリオリーナは休止し、その後個性的なトラットリーアとして
再出発している。この「レストラン空間考」でも採上げさせても
らった「アンティーカ・トラットリーア・ノスタルジーカ」であ
る。シェフ小林幸司さんは、かねてから計画していた軽井沢移住
計画を実行し、先日ようやく自宅兼リストランテの建物が完成し、
ようやくそのフォリオリーナが再開することになった。
 「リストランテというのは、イタリア語の語源をたどるとリス
トラツィオーネ、つまり修復、復興するという意味になる。トラ
ットリーアの語源がトラッターレ、つまり処理するという意味と
比べるとわかるように、食を通じて人生や生活をリフレッシュす
る場所じゃないとならない。つまりリゾートレストランこそ自分
の目標とするもの」と常々語っていたように、都会の中のビルの
一室ではなく、適度に都心から離れることによって移動の時間も
含めて食事をしに出かける事を楽しんでもらいたい。そして自分
の店で過ごす時間は完璧なる「非日常」でなければならないとい
う。ではどのようにしてその非日常が演出されるのか、オープン
前日にお邪魔してしっかりとその秘密を探ってきた。

zenkei2.jpg

 東京駅から約1時間10分、軽井沢駅に降り立つと、あたりはう
っすらと雪化粧。軽井沢駅からタクシーに乗り、「中軽井沢の星
野エリアを超え、塩壷温泉ホテルの向い側にある小林さんのお宅
にお願いします。」と伝える。そう、レストランの名前ではなく
シェフの名前を伝えるのだ。軽井沢のタクシーでは他にも「エル
ミタージュ」と言えば「あ、田村さんのところね」と帰ってくる
ように、シェフはみんな店名ではなく名前で認識されている。明
らかにこの時点で、気持ちは遠い友人宅を尋ねて来たような高揚
感に包まれる。車は星野エリアを過ぎてしばらく行くと何も看板
のない小径を左に曲がる。見えてきたのは黄色いワーゲンビーグ
ルが泊まる一軒家。水平な屋根と床のデッキが印象的な佇まい。
車に気づいて小林シェフがコックコートで出迎えてくれた。

zenkei1.jpg











夜ともなると周囲はまったく明かりもなく、完全な闇に包まれて、
建物だけが光に浮かび上がる。軽井沢でも特に神秘的な空間とな
っている。
 玄関にはLa Salaという表示。La Salaとは、いわゆるホール、
或いはメインルームの意味。左側にはKobayashiと書かれた扉が
あるが、こちらは小林シェフの自宅の玄関。扉をあけると正面に
は彼の書棚がおかれている。古いレシピ本や食材百科事典などが
目に入る。化粧室の扉、ワインセラー、厨房の入口の先に個室へ
の入口がある。そう、新しいフォリオリーナは個室が1室のみ。
4人テーブル(最大6名)と暖炉、そして森に向って放たれた大
きな窓があるだけ。冬を中心に営業をするという小林さん。まさ
に一日一客のためのしつらえのみが用意されていた。
部屋は中目黒の店と同じような印象の仕上げ材が使われているの
で、軽井沢であるにも関わらず、違和感なくあの「フォリオリー
ナ・デッラ・ポルタフォルトゥーナ」であると感じる。唯一違い
を感じるのはモスグリーンの革で仕上げられた壁。以前のフォリ
オリーナは焦げ茶色の木材、黒い床、左官の壁と天井であった。

wall1.jpg











革という素材は新生フォリオリーナの新しいシンボルとなってい
る。個室には隣の厨房との間に小窓があけられていて、厨房の様
子がほんの少し伝わってくる。しかしその小窓から見えるものは
厨房器具でもなく、調理をするシェフでもなく、やはり書物が並
んだ棚。小林さんにとってのここの厨房は、厨房というより、む
しろアトリエといった印象。とても綺麗に整理整頓され、そして
森に面した大きなガラス窓で覆われている。料理を楽しむために
だけ特別にデザインされた個室と、料理を創造するためにデザイ
ンされたアトリエのどちらもが、軽井沢の森に囲まれて存在して
いるといった印象だ。 

koshitu2.jpg










個室の窓の先には奥行きのあるテラス空間が設けられて、そこに
も椅子席が並べられている。夏になって気候が暖かくなったら、
今度はこのテラスで食事を楽しんでもらう予定だとか。そしても
う一つ、彼がやってみたいことがある。それこそがこの軽井沢の
店のテーマとなった「天井のないレストラン」である。建物は自
宅部分とレストラン部分がL字型に配置され、それらに囲まれた部
分が広々とした庭となっている。夏の間、小林さんはフォリオリ
ーナの営業をやめて、この中庭を使って「天井のないレストラン」
を営業するという目標を持っている。天井のないレストランでは
子供連れのファミリーが周囲の客に気兼ねする事なく子供達と一
緒に遊びながらゆっくりと食事が楽しめる。そんな夏のリゾート
に相応しいレストランに育てていきたいと語ってくれた。

terrace1.jpg

 一日一客だけの店だからこそできる事。昼からじっくり時間を
かけてこの小林さんの「家」で過ごす時間を楽しむとか、夜更け
までシェフと語り合うとか。そんな客のわがままを何でも実現で
きてしまうような気がする。軽井沢にきて、小林マジックは更に
パワーアップして我々を楽しませてくれそうだ。次は夏にあって
「天井のないレストラン」を楽しみに訪れてみたい。

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フォリオリーナ・デッラ・ポルタフォルトゥーナ
アルベリーニ(屋外レストラン部分)
長野県北佐久郡軽井沢町長倉2147-689
電話0267-41-0612
posted by ニコラス at 01:52| Comment(1) | レストランインテリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月25日

第9回「葡呑」西麻布

「日本人のワインバー」

西麻布に一軒家を改造したワインバーがある。
外から見ても、中に入ってしばらくしても、
どうも「ワインバー」という印象がない。名
前は「葡呑」(ぶのん)
名前はまさに日本的ワインバー。日本人がワ
インバーを突き詰めるとこうなるのかもしれ
ない。今回の空間考は前回に引き続き、空間
に惚れて店をオープンしたこの店を紹介した
い。

bunon1.jpg

 この店は以前「土火土火」として営業して
いたところ。その当時の空間はほぼそのまま
活かされて、すこし明るい店内になっている。
オーナーの中湊さんに話を伺った。中湊さん
が埼玉蕨のご実家を改装した居酒屋「魚中亭」
をオープンするにあたって設計を依頼したの
がこの「土火土火」と同じ、マカンボの石川
さん。その石川さんからの紹介ではじめてこ
の店を訪れたのは約1年前。前のオーナーか
らこの店を引き継いで営業しないかと誘われ
ていたが、はじめは断るつもりでこの店に来
た。しかし一目見るなりこの空間に一目惚れ。
こんな空間は探しても滅多に出会えるもので
はない。そしてちょうど信頼できるソムリエ
ールの「くまちゃん」が前の店をあがったば
かりと、中湊さんにとっては新店をオープン
するための条件が揃ったこともあり、開店を
決断したとのこと。
 それから自分の店としてやって行くための
最低限の手直しを、デザイナーの石川さんに
依頼した。第一に明るくすること。あまり暗
い空間では賑わいが生まれないし、何より料
理を食べて欲しかったから。照明は骨董店で
購入してそれをつけてもらった。2階は小上
がりになっていたが、やはり靴のまま使える
ようにとテーブル席に変えた。空間に合わせ
て椅子やソファーもかなり年季の入った骨董
でそろえた。店内の木や土壁は再度磨きあげ
て綺麗にした。こうして出来上がった空間は、
ほど良く時間を重ねられた新しい世界に生ま
れ変わった。ゼロから作ったのでは到底成し
得ない表情を創り出している。そしてそうい
う雰囲気とフレンドリーなスタッフの対応で、
開店後すぐに人気のワインバーとなった。今
ではほぼ毎日のようにやってくる客がいると
いう。そんな店で、彼がやりたかったことは、
「日本人のワインバー」。今では海外のワイ
ンメーカーやインポーターがちょくちょくや
ってきては、このワインバーを日本ならでは
のワインバーとして楽しんでいるそうだ。 
お店の雰囲気にあわせて食器類も骨董で約4
00枚そろえた。毎日少しづつ変わるおばん
ざいのメニューも、この空間とお皿にあわせ
て考えられている。そういう日本人の日常に、
自然とワインを合わせてるのが実に見事であ
る。和食の店にワインがおいてあるのとはち
ょっとわけが違う。ホールの真ん中にドンと
おかれたセラーは、客が自分であけてワイン
を取り出せるようにということ。選ぶ楽しみ
を与えてくれている。
 さて、店のディテールについて見てみよう。
店はエントランスを入ると元住宅の玄関だっ
たところにランプとショップカードがおいて
ある。スサ入りの土壁で囲まれた暖かい雰囲
気である。そこから左に広がるホールに向う
と、え?と驚く吹き抜けの空間と、楽しげな
が目に飛び込んでいる。カウンターの裏のグ
ラス棚は、これまた以前の店から引き継いだ
もので、古い和箪笥になっていて、バーとい
う雰囲気ではない。むしろ古い町家の造り酒
屋の番台を思い出す。

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1階は昨年12月から
テーブルを増やし、現在4つのテーブル席が
ある。もともと1階は全てスタンディングで
営業をはじめたが、料理がとても美味しいの
で長居する客が増えたことで、1階にもテー
ブル席をふやすことになったようだ。木造住
宅の構造を残しつつ、柱や梁は必要以上に太
い材に置き換えているので店舗として違和感
がなく落ち着ける。2階にあがる階段は住宅
のそれを利用しているので実際かなりきつい
勾配となっている。2階で食事をして酔っぱ
らうと、帰りがちょっとこわい。

bunon6.jpg


吹き抜けの廻りにも結構な数の席が作られて
いるので週末など客でいっぱいになると、か
なりにぎやかになるだろうと想像できる。
店内の壁面は、この土壁が十分装飾として機
能しているので、不要な絵や額縁などは飾っ
ていない。それが実に潔い。天井からぶら下
がっている照明の傘、いくつかおかれている
小物やスタンドなどがアクセントを添えてい
るだけ。 一階の道に面した壁に、新たにつ
けられた小窓が3つある。扇子の形をした小
窓には欄間がはめられている。これも中湊さ
んが骨董店でみつけたもので、テーマは松竹
梅。それぞれのモチーフで彫られた欄間を小
窓に嵌めている。窓をあけることで、通りか
ら少し中の様子を伺うことができるようにした。

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 この店は、前回のヴォーロコズィ同様、ま
ず空間があって店ができた。さらにいうと、
この店は空間があって、それからどんな業態
にするかを考えたということだから、店にと
って「箱」というのが如何に大切であるかを
あらためて考えさせられる。

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 西麻布は酒の似合う町である。いろいろな
酒の空間がある。オーセンティックなバーか
ら、わいわいがやがやや楽しめる居酒屋、そ
してエンターテイメント性が強いアミューズ
メントバーもある。そんな西麻布の酒文化の
なかで、葡呑は他にはない、独自の路線で多
くのファンを惹き付ける特別な存在であると
言えるだろう。
posted by ニコラス at 23:30| Comment(0) | バーのインテリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月25日

第8回「ヴォーロ・コズィ」

2006年6月、10年に渡るイタリアでの活動に終止符を打って
帰国、自らの料理の世界を表現するためにオープンした「ヴォーロ
・コズィ」。何の由縁もない文京区白山という場所を選んだ。レス
トランを営む場所としては比較的難しい地理的条件であるにもかか
わらず、オープン当初から話題のイタリアンとして常に満席の客で
にぎわっている。
もともとは「ル・ベルドジュール」というフレンチの名店があった
場所を居抜きで借りて、店をオープンした。イタリアンの世界では
、若い才能がモダンで創造的なイタリア料理を次々と展開して話題
となっている今日にあって、西口さんの料理やその世界観は、それ
らとは一線を画している。彼の料理は、西口さんが10年をすごし
てきた北イタリア各地の伝統料理がベースとなっている。奇をてら
うことなくまじめにその技術や伝統を大切にし、安定した満足感を
提供している。その姿勢は店の環境作りにも現れている。
 元の「ル・ベルドジュール」というフレンチレストランの世界観
は世紀末のアールヌーヴォー調のデザインで統一されており、非常
にオーセンティックな空間のイメージを醸し出していた。表の店構
えもどこかパリの街角を思い起こさせるような造りで、イタリアの
それとはかなり印象が異なるが、それを敢えてそのまま利用するこ
とで、西口さんが目指す「伝統をベースにした現代イタリアン」を
イメージさせようとしているのではないだろうか。「伝統」とか
「時間の経過」を手に入れることはそう簡単なことではない。

volo1b.jpg

 すりガラスの大きな庇があるエントランスには蔦が程よく絡まり
デザインのモチーフとなる植物が空間の主役となって客を迎える。
手の込んだ造りの鉄と木のフレームのガラス扉をあけて中に入ると
、エントランス廻りには骨董の家具やベルベットのカーテンが吊ら
れ、適度な時代感があってレストランという特別な空間への期待感
が高まってくる。正面には店名を掘込んだ額縁付きの鏡が飾られ、
さらに中を覗くと曲線で縁取りされた鏡、そして艶の出るほど磨か
れた木調の造作家具で飾られた店内の景色が目に飛び込んでくる。

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volo4b.jpg

奥行きのあるホール空間は入口右手にやや全体からは区画された半
個室のテーブル席が一つ。右側の壁に沿って一列に並べられたテー
ブル席、突き当たりの窓沿いにもテーブル席が3つ。それら全体を
見渡すように左側の壁に沿ってサービスカウンターやデシャップが
あり、その裏側にキッチンが作られている。
 どこいにも奇をてらったデザインやわざとらしい仕掛もない。非
常にシンプルで、サービススタッフも動きやすいレイアウトとなっ
ている。内装の木と同色の椅子は、座面が深紅のベルベット。左右
の壁は曲線を描く木のフレームで縁取られた鏡で覆われ、シンプル
な空間であっても、その空間が鏡に写り込み、奥行き感のある空間
を演出している。

volo3b.jpg

 空間だけではなく、テーブルセッティングもとてもクラシカルな
スタイルである。真っ白なアンダークロスは床ギリギリまでかぶる
ように敷かれ、その上にトップクロスが敷かれている。サービス台
のアンダークロスは椅子の座面と同じ赤。店内の色のバランスが非
常に美しい。シルバー類は8本のカトラリーがフルセットでセッテ
ィングされる。花柄のショープレート、グラス類などと共にテーブ
ルの上は美しくセッティングされている。最近では、シルバー類も
次の皿で使うものだけを並べて、皿と共にまた次のシルバーをセッ
トするシンプルで機能的なスタイルが主流であるが、こういうクラ
シカルなディスプレイも、西口さんの目指すレストラン空間にとっ
て、大切な意味を果たしていると言える。

volo7b.jpg

 新しい店をオープンすると、どうしてもその新しさが「軽さ」と
なってしまうことがある。それを避けるために、骨董の調度品やエ
イジング仕上げなどで対応するのであるが、そういう視点からみる
と、もともと老舗のレストランであったこの場所は、ある意味理想
的な条件であったと言うこともできる。ただ、使用している皿、グ
ラス類は全て新しく用意したもの。消耗品とも言えるこららの設備
については清潔感や料理やワインの現代性を考えて、それに相応し
いものにしたということであろう。
 このようにヴォーロコズィでは、長く受け継がれてきた質の高い
デザインの空間と背景に囲まれて、伝統料理をベースにした西口さ
んの本格的なイタリア料理を楽しむことができる。イタリア料理で
は珍しくクラシックな空間で楽しむ現代料理である。この店に食事
にいったら、料理を楽しむだけではなく、ぜひこの時間のしみ込ん
だ空間も一緒に堪能してもらいたい。


ヴォーロ・コズィVolo cosi
住所:東京都文京区白山4-37-22
電話:03-5319-3351
営業時間:12:00〜13:30(L.O) / 18:00〜21:30(L.O)
定休日: 月曜日/第3日曜日/火曜日のランチ
posted by ニコラス at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | レストランインテリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月26日

第7回「リストランテ イ・ルンガ」

今年3月まで西麻布のイタリアンレストラン「ラ・グラディスカ」
の料理長を務めていた堀江純一郎さんが、8月25日から新天地、
奈良であらたなスタートを切った。
店の名前は「イルンガ」=Ilunga イタリア語でアルファベット
のJ(ジェイ)をI lungo = イルンゴ、つまり「長いI」という呼び方
をする。JapanのJ、そのイタリア語読みに、斑鳩「いかるが」を
組み合わせた造語が「イルンガ」である。 

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場所は奈良公園の中心に位置し、東大寺参道の入口まで30メー
トルくらいの場所にある。古い武家屋敷を改造した施設で、土塀
と長屋門が店構えとなる実に奈良らしい街並の中にある。堀江さ
んはイタリアでの長い経験をもとに、食が東京などの大都市圏に
集中する日本のレストラン業界の現状に対し、常に疑問を投げか
けてきた。自ら水俣や新潟などの地方に出かけて行って、その土
地の生産者と交流し、土地の作物の魅力を訴えてきた。彼がなぜ
新天地を奈良に求めたかについては、いくつかの理由があるであ
ろうが、最初にこの場所を訪れた時に、その恵まれた環境と自ら
が訴えてきた地方の魅力をどちらも併せ持つロケーションと、古
い建物だけが持つ、歴史と時間の積み重ねが、イタリアで彼が大
切にしてきたものと重なって思えたのだという。
 この店では2つのコースメニューが用意されている。一つが地
元の素材だけでつくる「大和コース」、もう一方が地元の素材を
中心にしながらも美味しい旬の素材を日本各地、イタリアからも
取り寄せて作った「都のコース」。奈良を意識しながらも、自ら
の料理の原点であるピエモンテを忘れないという姿勢が伝わるメ
ニュー内容であった。
 以前このコーナーでも紹介した江戸川橋の「ラ・バリック」と
同様、日本家屋の良さを十分活かしながらレストランとして営業
できるように改造しているが、バリックが民家であるのに対し、
イルンガは武家屋敷。内容はかなり異なる。道路に面した土壁部
分に鉄板をくり抜いたロゴの看板がぼんやりと浮かび上がる。近
づいてみないと何の店なのかわからない。長屋門の格子戸を通し
ては、玄関までつづく飛石の列がほのかに見え、実に日本的な路
地空間が演出されている。玄関の右側には大きめの個室が位置し
、玄関の前を通ると中の賑わいが漏れてくる。

_Q5J8945.JPG

玄関から室内にかけては土足で上がれるように、石とタイルの床
で構成されている。玄関ホールの正面には受付レセプションのカ
ウンターがあり、天井は高い吹き抜けになっていて古い小屋組が
あらわしになっている。受付からメインダイニングの様子が感じ
られるように、エントランスホールとメインダイニングとの間の
壁にはあらたに開口が設けられ、格子がはめられている。玄関の
見返りには大きなガラスの嵌め殺し窓があるが、ここは選出の玄
関が家人のものとすれば、お殿様がカゴのまま出入りするための
特別な玄関であったところ。その部分を活かして庭を眺める開口
部としている。


_Q5J8952.JPG

メインホールは全てフローリングで仕上げられ、天井は元の竿縁
天井をそのまま活かし、照明の存在感をなくすためにさらに掘込
んだ部分にダウンライトを埋込む工夫がされている。6つの円卓
がゆとりをもって配置され、中庭を挟んだ厨房でのシェフ達の動
きを眺められるようになっている。


_Q5J8811.JPG

厨房をオープンにする店が最近は多くなってきた。シェフのアト
リエを公開することで、そのこともエンターテインメントの一つ
と捉えている。この店では和の空間の良さを殺さずその楽しみを
演出するために「中庭」という外部空間をうまく活かして厨房の
公開を実現している。逆に言えば、シェフの立つデシャップから
もメインホールの様子が見て取れるということである。 イルン
ガにはもう一つ特別な空間が存在する。それは6畳の本格的な茶
室である。草庵風のこの茶室も特別な個室として使用されること
になっている。ここではさすがに靴を脱ぎ、座椅子で畳に直接座
って堀江シェフの料理を楽しむことができる。まだ飾り付けも行
なわれていない床の間に、何が飾られるのかも楽しみである。

_Q5J8758.JPG

食事という目的はそれだけでも十分に旅をする目的となりうると
思うが、食だけではなく文化や自然といった地域固有の情緒を感
じることも、また旅の楽しみの一つかもしれない。 東京から飛
び出し、日本の奥座敷に新しい活躍の場を求めた堀江純一郎さん。
奈良という土地ならではの食の楽しみ方を提案して行ってもらい
たい。

リストランテ イ・ルンガ
奈良市春日野町16番地
電話:0742-93-8300
営業時間:11:30〜14:00(L.O)
     18:00〜22:00(L.O)
定休日:不定休
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2009年06月25日

第6回「アンティーカ トラットリーア ノスタルジーカ」

舞台装置としてのレストラン

 マリーエの時代から既に5000以上のオリジナルレシピを提供
し続けて来た小林幸司シェフが、1日一客を貫いてきたフォリオリ
ーナ・デッラ・ポルタフォルトゥーナを休止して、6月15日から
新たにトラットリア「アンティーカ トラットリーア ノスタルジ
ーカ」をリニューアルオープンをしている。予約が取れないイタリ
ア料理の代表として、料理好きの間では幻とも言われたレストラン
。その同じ空間がどのようにトラットリアに変化したのか。今回の
「レストラン空間考」ではそれを紹介することにした。

nostarsica1.jpg

 エントランスもを含めた外観は以前と同じく上下にガラスが嵌っ
た白い壁と木の壁の間に入口の扉が設けられている。白かった壁は
ややベージュっぽい色の左官材料に変わっており、以前よりは少し
暖かみのある印象を醸し出している。室内も同じベージュの左官材
で仕上げられている。席数は18。フォリオリーナの時はテーブル
が3つであったが、席数は最大で4名だったので、4倍以上に増え
たことになる。それが不思議と無理なく収まっている。一体以前は
どれだけ贅沢な空間の使い方をしていたのか、記憶をたどってみる
が、その時もそれほど間延びした空間であった気がしないのが不思
議だ。 前の店を訪れたことのある者にとっては、まるで舞台の上
のセットが変わったような印象を受けるに違いない。そう、まさに
レストランの空間とは舞台のセットのようなものなのかもしれない
。特に小林幸司シェフの存在はそれを強く印象づけるものでもあり
、料理を一皿運ぶごとに、その詳細なコメントを述べる姿は、舞台
の上で口上を述べる芝居の案内役のようでもあった。


nostarsica2.jpg



 小林シェフがフォリオリーナ・デッラ・ポルタフォルトゥーナで
やりたかったことは、「非日常のレストラン空間」の演出であった
。入口の扉を入ると、そこを再び出るまでのあいだは「レストラン
」という特別な時間を満喫してもらうためのさまざまな仕掛けを用
意し、料理そのものもイタリアの伝統を美しい皿の上に再現し、心
はひとときあるはずもない不思議の国へと誘われて行く。小林幸司
シェフの理想としたレストランは、東京ではなく、日本でもない、
非日常の世界であった。しかしここに来てそのテーマを更に追究し
て研ぎすましていくためには、現在の店の場所ではあまりにも無理
がある。扉の向こうにはべたべたの現実があり、客も日常の世界か
ら一瞬で小林ワールドにスイッチしなければならないという無理が
あった。フォリオリーナのスタイルを追究するためには、それに相
応しい場所が必要であると。そしてこの場所には、この場所に相応
しい店のスタイルがある。それが街に開かれたトラットリアである
。「アンティーカ トラットリーア ノスタルジーカ」は、都会で
忙しく生活する我々が日常の中で美味しい食事と酒を楽しめるため
の空間である。理想は毎日でも来たくなる店。肩肘張らずにそれぞ
れのスタイルで気軽に食事を楽しめるような店を目指しているそう
だ。インテリアは床も天井も間仕切りも基本的なものは何一つ変え
ていない。以前は濃い茶色の木の壁とやはり濃いグレーに塗られた
コンクリートブロックの壁で囲まれたコンセプチュアルな空間であ
ったが、それらは全て暖かい色みのベージュの左官材で仕上げられ
、照明の明るさもずっと明るく設定されている。テーブルにはクロ
スが敷かれているものの、椅子はイタリアに良くある籐で編んだ座
面のもの。

nostarsica3.jpg

料理のスタイルはまず席につくと、テーブルの真ん中に大皿で煮込
み料理や野菜などの前菜がドーンとおかれて、それを好きなだけ取
って食べる。各自の席には2枚の皿が重ねられてセットされている
が、上の皿だけが次々と変わって料理が運ばれてくる。まさにイタ
リアの古いトラットリアのスタイルそのものである。ワイングラス
も大降りのタンブラーで、ガブ飲み系の飲みやすいワインが好きな
だけ飲めるようなスタイルになっており、ここでも小林幸司シェフ
のこだわりの演出が活かされている。

nostarsica4.jpg

 レストランの空間というのは、営業のスタイルやコンセプトによ
ってどのようにも変化するものである。むしろ物理的な空間の広さ
やレイアウトよりもテーブルセッティングや照明、BGMといった
付加的な要素の方が大きな意味をもち、それらが一つの舞台装置と
なって、客やサービスマンのための空間が演出されるといっても過
言ではないだろう。小林幸司さんはそれを自らがプロデューサーと
なって美術から照明、音響までをもやってのけてしまったのである
。まさに完璧主義者である。 
 店はトラットリアのスタイルに変わったものの、相変わらずの人
気で、既に何ヶ月も先の予約が入っている。気軽に通える店という
コンセプトはあっても、さすがに客の数まではコントロールできな
るわけもない。新しい注目店がまた一つ東京に誕生したと言ってい
いだろう。 昨年来、こうした「トラットリア」スタイルのイタリ
アンが東京に再び増えてきた印象があるが、「不況」という時代背
景による業界的な動向とはまったく異なる動機による今回のリニュ
ーアル。時代の波が変化していることを強く印象づける出来事だと
僕は感じている。

アンティーカ トラットリーア ノスタルジーカ
東京都目黒区中目黒4-8-12 1F
電話03−3719−7755
営業時間:18:00〜
定休日:日曜日


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2009年05月25日

第5回「青空」銀座

寿司屋 こだわりの空間作り

銀座8丁目、並木通りのにぎやかな喧噪から古いビルの入口を
入る。銀座の歴史を感じさせるような古いエレベーターを使っ
て3階に上がると、そこにはひっそりと、しかし少し新しい風
を感じるような佇まいの入口がある。「青空」。なにかこの銀
座の街並にはそぐわないような爽やかな名前の寿司屋である。

青空と書いてハルタカと読む。店主の高橋さんの実の名前であ
る。高橋さんは北海道の出身。札幌「すし善」の嶋宮勤さんの
もとで修業をしたのち銀座「すきやばし次郎」で研鑽を積み、
2006年12月に自分の店をオープンさせた。寿司屋の基本をしっ
かりと守りつつも、数寄屋の精神を表現したような、非常にシ
ンプルで研ぎすまされた空間がむしろ新鮮な印象さえ醸し出し
ている。

今回は高橋さんの、店作りに対する想いを語ってもらった。

高橋さんがもっとも重要視したことは客の視線。客の立場から、
どのような居心地の良さを演出するかを考えたということであ
る。入口をくぐるとそのまままっすぐホールに入るのではなく、
一旦壁にあてて、左右に曲がりながら暖簾をくぐる。ただ曲が
らせるだけではない。正面の壁には丸く切り取られた開口がと
られ、細竹の格子がはめられている。格子からはカウンター奥
に飾られた季節の花が目に入ってくる。そう、中の様子が小さ
なスクリーンを通して見えるようだ。

entrance1.jpg

左に曲がった先の壁にも小さな窪みがあって、そこには水音を
だす壷がおかれている。

entrance2.jpg


暖簾をくぐると明るくすっきりとした空間が広がっている。現
在の席数はカウンター10席、個室4席であるが、当初の予定で
はカウンターは8席、よりゆったりと座ってもらうつもりであ
ったが、人気の店となって、やはりたくさんの方に楽しんでも
らうため、現在の席数となった。

zenkei.jpg

カウンターとまな板の高さは同じ高さになっており、一枚の檜
板のこっちと向こうで高橋さんと客が対峙するような雰囲気が
作られている。カウンターの後ろ側はまるで床の間。棚や収納
などは何もない。掛け軸と花器、そして常温で保存するネタを
入れた壷や器がきれいに並べられている。

L字型のカウンターが背面の壁と接する部分には、変木を使った
小さな飾り床があって、そこにも小さな壷が飾られている。 

corner.jpg

高橋さんは、こういう工芸品や美術品を飾る場所を店内にいく
つも作りたかったのだそうだ。それは寿司屋という空間である
以上に、茶室や書院の客間のように、主人が客人をもてなすた
めのしつらえであるといえる。カウンターを介しての内と外の
関係などは、先に述べたカウンターの高さについてもそうだが、
その間を仕切る立ち上がりがわずか2センチしかないことから
も彼のこだわりが伝わってくる。

もちろん天井についても、垂れ壁や暖簾などはなく、完全にカ
ウンターと客席が一体となった印象を受ける。また、客席の部
分までがやや低い天井、客席の後ろ側が高くなっているところ
にも、「ひとつの空間」という意図があらわれている。


back.jpg


L型のカウンターの短手の後ろ側は比較的広くなっていて、壁
沿いには腰掛けベンチがおいてある。当初はここが喫煙用の席
にとして計画していたところだが、結局はタバコをたしなむ客
も少なく、今では店内は全て禁煙にして、この場所は早く来た
客が待つときに使ってもらっている。

kitsuen.jpg


素材としてのこだわりは、やはりカウンター。木曽檜の一枚板
を使っている。以前勤めていた札幌「すし善」のカウンターが
彼の理想。厚くて野暮ったいのも自分風じゃない。シンプルに
少し薄め(45ミリ)の板を使った。カウンターの奥行きは現在
396ミリ。450ミリが理想であったが、スペースの制約でどうし
てもそれが確保できなかった点は惜しまれる。カウンターに並
べられる煮切りやツメの壷なども、そのまま、まな板の上にお
くことはせず、その分カウンターを掘込んで低く抑えて全体を
すっきりと仕上げている。

tsubo.jpg

高橋さんの想いは、この小さな空間の中に凝縮している。

今年で3年目とはいえ、まだ始まったばかりの店であるから、
これからもいろいろなところに手が加えられ、発展し続けてい
くであろうことが想像される。寿司という食のスタイルが、掌
に収まる小さな世界に職人の想いと仕事を凝縮するように、そ
れを楽しむ空間も、さりげない飾りや演出が凝縮された、緊張
感のあるものになっている。寿司屋の空間は伝統と形式に制約
を受けながらも、新しい世代の職人達は、確実に自分の主張を
展開しているようである。銀座青空は、そのなかでも一つの代
表的な事例として、次の世代に伝えられるべき精神を持ったす
ばらしい空間であるといえるであろう。

銀座「青空」
中央区銀座8-5-8 かわばたビル3F
電話:03-3573-1144
営業時間:17:00〜23:30L.O.[土のみ23:00 L.O.]
定休日:日曜/祝日

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2009年03月16日

第4回「リストランテ ラ・バリック」江戸川橋

日本家屋をレストランに

東京で今もっとも旬なイタリア料理店というと、一昨年秋にオープンしてほぼ1年半がたつ、江戸川橋の「リストランテ・ラ・バリック」を挙げる人は少なくないだろう。
ここは古い日本家屋を改装したイタリア料理店。オーナーソムリエの坂田真一郎さんのご両親の実家、つまりおじいさんの家であった建物である。坂田さんがこの店で独立して店を構えることを決心したのは2年前になる。幾つかの物件を検討したけれども、経済的条件もあって、やはり自分の原点でもあるこの日本家屋で店を構えることを決意したという。人通りも少なく、店を構える場所としてはかなりの冒険であったと思う。はじめは関係者や今迄のお客様が中心であったが、今や予約を取るのが困難な人気店となっている。おいしい料理やワインの充実が人気の原因であるのは間違いないが、加えて実は日本家屋の良さとレストランとしての使い勝手の良さを両立させた例としては、稀に見るほどうまく行っているのも大きな要因となっている。特別な食卓のためにせっかくオシャレをしてきても、靴を脱いでスリッパに履き替えて、というのは日本人と言えどもさすがに抵抗がある。特に女性の場合、それは大きなポイントになると言えよう。そこで靴を履いたまま使えるようにしたのである。また、それに加えてこの店の良いところは、日本家屋の良さ、懐かしさを残しつつ、レストランとしての機能的なニーズやホールの開放感を十分に確保しているという点も挙げられる。
とにもかくにも、まず全体の構成を見てみよう。

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店の入口は、通りから見る事ができない。ビルの駐車場のようなピロティ(吹きさらしの空間)の壁に小さく「ラ・バリック」の赤い看板がある。これを目印に店を探すのはなかなか注意が必要だ。そのピロティをくぐるとビルの裏側に建物が建っている。綺麗にアレンジされた玄関まわり。この部分だけをみると、日本料理店の入口にしか思えない。玄関の引き戸は、坂田さんが幼少の頃の記憶をたよりに、昔の姿に戻したもの。ガラガラっと木製の格子戸をあけるとそこは玄関。玄関脇の応接間には古い暖炉があり、ピアノが置かれている。この部屋は元々のしつらえに殆ど手を加えずに、クロスや塗装を新しくした程度。ウエイティングスペースや食後酒のための空間として利用している。部屋にはトリノの「バリック」本店からの暖簾分け承認書や、思い出の写真が貼ってあり、所狭しと貴重なワインの空き瓶が並ぶ。

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そこから案内されるメインホールは3つの空間によって構成されている。厨房から連続する中央の空間は、サービス台と2つのテーブルが配置されている。ここは元の建物では仏間だったところ。それに続く床の間のある部屋にも3つのテーブルが並べられている。ここはもと客間であった場所。この空間だけは床をテラコッタで仕上げている。周囲が和のデザインであるのに対し、ここを敢えてタイルで仕上げたことは、訪れる客に違和感なくこの空間にとどまってもらうためのアイディアなのかもしれない。

BARIC3.jpg

さらに奥にはやや細長い空間があって、テーブルが3台配置されている。ここはもとの茶室。先の中央の空間と最後の細長い空間は、スポットライトでテーブル上が照らし出されているのに対し、元客間であった空間は元の天井を活かして照明も埋込み式の蛍光灯照明をそのまま使っている。ただしシラけた光にならないよう、照明器具のカバーに和紙を裏張りしている。そのことでこの空間だけは他とちがって柔らかい光につつまれている。

BARIC5.jpg

厨房は、もと台所であった場所を改造して作られている。さらに古い木造の階段を上っていくと、2階にも一室個室がある。こちらの部屋も懐かしい雰囲気をそのまま残して利用している。この部屋の食卓用家具は蓼科の別荘で使っていたものを持って来たもの。空間だけでなく、家具までも、時を重ねた落ち着きを楽しむ事ができる。

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 そんなレトロ、かつ新しい空間で供される料理は、こちらも新旧どちらも楽しめるメニュー構成となっている。大きな厚紙のメニューを開くと、左側にはスタンダードなコースメニュー。日本各地の新鮮な素材をつかったシェフのオリジナリティあふれる新・イタリア料理で構成されるプリフィクスメニュー。右側のページには月替わりでイタリアの伝統的地方料理のコースが載せてある。イタリア料理の「今」を取入れたメニューとなっている。

BARIC4.jpg

 もともと和の空間というのは畳に座って眺める視線をベースに作られているので、鴨居や障子、床の間など、全てが低い視線で眺めることを基本にデザインされている。椅子に座っているとややその和の空間の重心が自分よりも低い位置にあるように感じられる。テーブルの上に展開するイタリア料理の世界が「和」の支配する空間から少しだけ距離をおいて感じられるのも、そういう理由によるものではないだろうか。我々は客としてレストランを訪れるとき、歩きながら感じる空間と席に座って感じる空間の間に、無意識にその違いを感じている。そうやって異質な2つの空間を見事に融合させているのが、このバリックの空間なのだと思う。着物の女性が本当に似合うイタリア料理店である。

リストランテ ラ・バリック
http://www.labarrique.jp/
東京都文京区水道2-12-2
電話:03-3943-4928
Lunch:11:30〜13:30L.O.
Diner: 18:00〜22:00L.O.
定休日:水曜日/第2火曜日

posted by ニコラス at 01:50| Comment(0) | レストランインテリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月18日

第3回「ミラヴィル・インパクト」/銀座

まさに「Tsushimiワールド」のレストラン

目黒区駒場の人気フレンチ「ミラヴィル」の都志見セイジシェフといえば、自由な発想でいつも驚きと感動を与えてくれるフランス料理人として、多くのファンが認めている。その都志見シェフが、一昨年夏、銀座のマロニエゲートにオープンさせた2店鋪目「ミラヴィル・インパクト」が、オープン当初から各方面で話題となったのは記憶に新しい。何せメニューが「デザートのコース」なのである。これはパティシエではおそらく発想しない、あくまで料理のシェフが考えた新しいスタイルである。都志見シェフはこれをデザートのコースといわず、敢えて「甘い料理のコース」と表現してくれた。このミラヴィル・インパクトは、その店鋪のコンセプトから店内のデザインに至る迄、全て都志見さんがプロデュースしたという、彼の思いの詰まった店である。3回目の「レストラン空間考」ではその魅力あふれる店鋪について考察してみようと思う。

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まず、都志見シェフによると、この「スィーツのコースメニュー」というのは、料理のコースの中で、最後を飾る、最も印象に残る「デザート」を使ってコースメニューを作れば、それはきっととても楽しい店になるに違いない、という発想から生まれたものらしい。この発想から考案されたデザートコースは昼間はもちろんの事、夜はどこかで食事をして来た二人が、最後のデザートはインパクトで、という具合にその日の最後の締めくくりとして利用してもらう事を狙っていた。もちろんワインや食後酒の用意もあって、とある雑誌では「お酒とデザート」という切り口で紹介されたこともある。 このような前例のない業態であるから、もちろん店内のデザインやレイアウトも一つ一つが新しい発想から生まれている。

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 都志見シェフはこの新しい店のためのコンセプトとして、やはり「オリジナリティ」を挙げてくれた。他には前例のないメニュー構成をキチンと空間でも表現したい、ということでメニューや皿の上のデザインと、空間のデザインが一体化したような店作りをめざした。結局内装デザインも全て都志見さん自身でやったということである。そうすることで、まさに「都志見ワールド」を具現化できうると考えたのである。
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エスカレーターを上ると正面がインパクト。入口には大きなロゴの入った店舗看板があり、店内に入るとすぐ、いろんなポーズの都志見シェフの写真が並べてあって、シェフご本人がお客様をお迎え?いや、これは結構インパクトがある。そのシェフの写真の隣にはワインセラー。デザートとお酒という組み合わせを予感させる。

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右側のコーナーシート部分の壁と椅子には元気一杯のウォールペインティングが施されている。これも都志見さん本人が一日で書き上げた作品だ。タイトルは「四角い太陽」。太陽のエネルギーを表現している。まさに強くて印象的なデザインである。店内はこの「四角い太陽」の絵をはじめ、様々なところにヴィヴィッドな色彩が使われており、巷のカフェやレストランのシックなテイストとはおよそかけ離れたイメージの空間となっている。

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壁が白、天井が真っ黒更にガラスや鏡も多用している。そこに深紅のベンチシートやカウンター上部のLEDランプはブルー、テーブルにセットしてあるショープレートは赤、黒、黄色といった具合だ。そんなカラフルな空間に包まれて、都志見シェフの提案するスィーツのコースメニューを楽しむことになる。まさに首尾一貫したシェフの世界観が演出されていると言っていい。

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カウンター席が中心となっているが、これはやはり目の前で美しいデザイートを盛りつけるところも見せたいという思いから。しかしイメージとしてはシャレたバーのような雰囲気で、お酒やシャンパンをグラスで頼みたくなるという効果も十分にありそうだ。カウンターの高さは97センチと比較的低い。一般的なテーブルは75センチ程度、バーカウンターは100センチ〜110センチが標準的であるから97センチというのはその中間ぐらいの感じであろうか。このカウンターに対して椅子の高さが68センチとなって、やや低めの設定。従って座った時の印象はハイカウンターでありながらかなりしっかりと座った印象になる。つまり天板の高さがやや高い位置に感じることになる。自然と体は肘をついてグラスを傾けるバーというより、ナイフとフォークを使って食事をするという姿勢になる。よく考えられた設定だ。
miplan.jpg


 このミラヴィル・インパクトがスタートしてから、都志見さんの料理にはどんな影響が出ているのか聞いてみた。「それぞれにコンセプトが違うので面白いです。インパクトは自由な発想でいろんな事に挑戦できるから、そこで試してみたものを、ミラヴィルのメニューにフィードバックしたりできて、結構楽しんでます。また同じメニューであってもお客様のカラーが違うせいか、異なる感想や反応があるので、そのあたりは今後の展開のための参考になりますね」
シェフ、都志見セイジの挑戦はまだまだ続きそうで、目が離せない。

ミラヴィル・インパクト
http://www.miravile.net/

東京都中央区銀座2-2-14
マロニエゲート10F
03-5524-0417
11:00〜23:00(LO22:00)
年中無休

ラベル:フレンチ
posted by ニコラス at 14:24| Comment(0) | TrackBack(0) | レストランインテリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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