2008年12月18日

第2回「カピトリーノ」/西麻布

扉の向こうはローマだった。

昨年オープン30周年を迎えた西麻布のイタリア料理店「カピトリーノ」。僕にとってローマ料理が恋しくなると通うそんな店であった。惜しまれながらもこの12月29日で31年の歴史に幕を引く。
今回の「レストラン空間考」では、そのカピトリーノの空間をとりあげ、あらためてその魅力がどんなものなのかを探ってみようと思う。

表の店構えは至ってシンプル。白いスタッコ(左官塗り)風の壁にCAPITOLINOの文字。茶色く塗られた木製の鎧戸と木製の入口扉。リストランテというような華やかな飾りは何もない。毎日たくさんの店ができて消えて行く東京にあって、この店のある街の一角だけは、まるで時間が止まっているかのように何も変わらない。

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店内は10坪程の四角い空間に10脚のテーブルと20脚の椅子が壁沿いにL字型にレイアウトされ、その席が取り囲むようにしたホールの中央には、いつも10皿程の前菜(アンティパスト)が並べられている。厨房はその前菜が並ぶセンターテーブルの背面にあり、一応小さいながらもデシャップがあって、キッチンとのやりとりができるようになっている。 30年のあいだには何度か改装を重ねて今の状態になったという。最初の頃は個室のようなスペースもあったということだが、今のホールの広さからはどうやって個室を作っていたのか想像するのは難しい。

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「特に参考にした店はないんだよ。壁はちょっとベージュがかった白にして天井は木で仕上げたかったんだけど、お金がなくてね(笑)。結局壁や間仕切りの一部に焦げ茶の木を使ってぬくもりのある雰囲気を作ったんです」
今の店は昔の印象とは違っているかもしれないが、むしろのその長い時間の経過が創り出した独特の安心感がある。サッカーチームのペナント、古い絵皿、ポスターやたくさんの絵画、そして大きなアンティークミラー。壁に飾られたそれらの装飾物すべてにストーリーがある。イタリアの友人が苦労して持って来てくれた土産、店の記念日に贈られたもの。経過した時間のみが成せるわざである。これを一朝一夕で作り上げる事は不可能である。

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「実はローマの7つの丘にちなんで(株)セッテコッリ/SETTE COLLIという名前の会社を作ろうと思ったんですよ。この店の名前はそのなかでも一番高い丘、カピトリーノからとってOSTERIA CAPITOLINOという名前でスタートしたんです。目標は東京に7つの異なるタイプの飲食店、バールとかピッツェリアなどを作る事だったんです。ほんとはね」

テーブルクロスは黄色。やや肉厚なガラスのワイングラスにカトラリーが1セット並べられている。今ではイタリアでも新しいリストランテではこういうシンプルなテーブルセッティングは珍しくなっている。古い老舗のリストランテのセッティングだ。このテーブルの前に座るとなぜだか爽やかな白ワインをボトルで頼みたくなる。まさしく僕自身の経験からくる条件反射である。やや生冷えのフラスカーティをクーラーに入れて冷やしながら飲む。卵入りのフェットゥチーネやブカティーニ・アマトリチャーナ、トマトソースのニョッキを頼んでパルミジャーノの粉チーズをスプーンですくって、贅沢にふりかけて食べる。空間とテーブルの料理がまさに一つのテーマを共有する瞬間だ。

カピトリーノのホール空間にはレストランとしての不思議な一体感がある。いってみれば、知らない客同士が解け合っている。その要因の一つは全てのテーブルが壁に沿って並べられ、みんなで一つの空間を形成している印象があるからである。そしてそれぞれのテーブルの上がスポットライトで照らし出されて、それ以外の空間や通路が適度に意識的に隔離されているような雰囲気が作られている。またテーブルクロスの黄色も効果的に働いて空間を暖かい色で包み込んでいる。スケール感としても程よいサイズなのかもしれない。働くスタッフから見てもテーブルの客が主役で自分達が脇役という関係を演出する上でそれがいい結果を生んでいると言える。

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ローマの下町のレストラン。そこには普段の楽しい食卓がある。会話と笑い声、文句や愚痴の話と一緒に食器のふれあう音をBGMに流れる時間がある。カピトリーノにはそれと同質の時間が流れている。だからローマが恋しくなるとここにくる客がいるのだろう。レストランの空間はデザイナーや店主が作る部分はほんの小さなきっかけに過ぎない。本当の空間の質は、その店の歴史と、そこをおとずれる客によって作られるものなのだということを、あらためて考えさせられる。このような店から学ぶ事はまだまだ沢山あるような気がしている。
posted by ニコラス at 07:54| Comment(0) | レストランインテリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月17日

第1回.「リストランテ フリック」/南青山

■ドリンクカウンターの新しいかたち

今年の5月にオープンしたばかりの新しいイタリアンレストラン。オーナーシェフの深田景さんは、植竹隆政シェフのもと、渋谷「ビゴロッソ」と代官山「カノビアーノ」で働いたあと、イタリアに渡って経験を積み、帰国後はイル・ギオットーネ丸の内で笹島保弘シェフの右腕として活躍した後独立。弱冠30歳の若さである。

自分のイメージに合う場所を探して約半年、ようやく見つけたのが、現在の青山の店鋪であったそうだ。一階に面して入口があること、賃貸条件、面積などが主な理由。場所は根津美術館の脇の坂道に面した新築のビルの2階、専用の外部階段を上がるとステンレスの扉があって、それがレストランへの入口になっている。通りに面したホールの開口は足元から天井までの大きなガラス面。さすがにレストランの空間としては落ち着きがないので、内側にレースのカーテンを一面に引いている。

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ホールは20席と、少ない席数であるが、空間は比較的ゆったりした印象をもつ。それは平面が不規則な形をしているために、テーブルの配置が難しいという理由があるのかもしれない。

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ホールの最大の特徴は、ドリンクカウンターをなくして、ドリンクの設備を壁に沿って並べ、その前に通称「シェフテーブル」なる大きなダイニングテーブルを置いているところ。(写真)そのテーブルには4つの席が用意されており、まさにカウンターのようになっている。このテーブルとドリンクコーナーの間にシェフが立つと、あたかもシェフの家に招かれて食事をしているような気分になる。それが深田シェフの狙いのようだ。

カウンターのない店ではあるが、このシェフテーブルの存在で、ひとりでも気軽に食事をとることができそうである。また、このシェフテーブル部分の天井は他の部分より一段低くなっているため、空間としても他からやや隔離された印象を持っている。照明もペンダント照明(天井から吊り下げられている照明)を使っており、住宅のダイニングテーブルをイメージさせる仕掛けがうまく使われている。

椅子はアルフレックスの定番チェア。アルフレックスは1951年に設立されたイタリアを代表するモダンファニチャーのブランド。座り心地が抜群である。木のフレームに牛革の紐を編んである。背が低い椅子でもあるので、空間全体の広がりを邪魔する事もない。椅子の皮には2種類の色があり、それらをうまく使い分けている。

厨房とホールの間には、デシャップ(配膳)カウンターにしては大きめの開口が設けられており、厨房からホールが見渡せるようになっている。これは代官山のカノビアーノや京都のイル・ギオットーネの厨房とホールの関係に似ている。カノビアーノではその間にガラスの仕切りが入っていたが、ギオットーネはカウンターで仕切られている。厨房の熱気がホールに伝わり、ホールの賑わいが厨房にいて感じられる造りである。フリックには厨房だけでも3〜4名のシェフが働いているので、ひとりで仕事をするためにホールを確認するというより、調理場とホールを客の方からも近く感じさせるための工夫だと想像できる。

厨房内にもシェフのこだわりがいくつか見られる。まず、ほぼ真四角の厨房の中で、ガスコンロやグリラーはアイランド形式といって、中央部分にすべて集中している。何人ものスタッフが一度に火のまわりに立てるような工夫であろう。中央にストーブ関係をまとめる事で、排気用のフードもひとつにまとめる事ができる。これに対してオーブンや冷蔵庫は壁に沿って並べられていた。

厨房のレイアウトは、シェフによってまちまち。その人の修業してきた店の良いところと悪いところを活かしながら、シェフが「自分の城」と思えるような工夫がなされている。狭い厨房空間で、効率的に多くのスタッフが立ち回るための工夫。それは深田シェフが経験した2人のビッグシェフの厨房から学んだ大切なポイントなのかもしれない。

リストランテ「フリック」
http://www.frick2008.com/

東京都港区南青山4-24-8
tel:03-6905-7311
ランチ/11:30〜14:00 LO
ディナー/18:00〜21:30 LO


ラベル:イタリアン
posted by ニコラス at 22:30| Comment(0) | TrackBack(0) | レストランインテリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月31日

レストランの空間デザインが果たす役割

個々のレストランの空間を語る前に、現在のレストラン空間を取り巻くいくつかの環境について俯瞰してみたい。デザインの潮流について。そして厨房機能の変化、レストランの専門化について。

■デザインの潮流

ここ10年あまり、レストランの空間は豪華に、そしてテーマ性をもつようになってきている。ポストモダンのデザインが空間デザインの主流となった80年代後期ぐらいから、インテリアデザインという分野におけるデザイナーの活躍の場が広がり、レストランデザインも飛躍的に発展して来た。それまでのレストラン空間というと、古典的なデザインが主流であったものが、いつしかブティックや美術館のようなストイックでモダンなデザインのレストランが多くなり、今ではお店のコンセプトによって多種多様な空間デザインが見られるようになっている。これは料理そのもののコンセプトにも密接に関わっていて、その関係性を見るだけでも実に興味深い。

例えば伝統的な建造物をそのまま利用したレストランであっても、必ずしも伝統料理を提供するわけではなく、むしろその空間の中でクリエイティブな料理を提供する店がある。この場合、伝統的な空間で伝統的な料理を出す店との目的の違いは明らかで、前者が空間と味のハーモニーによって本格的な伝統料理の体験を目的としているのに対して、後者はそのコントラストを利用して、料理の現代性を表現することを目的としている。

ヨーロッパの現代レストランにおいても、数百年の時を経た古い空間の中で現代料理を提供している店がある。ヤニック・アレノ氏が活躍するムーリス(http://www.meuricehotel.com/)などがそうである。最近でこそロンドンやミラノなどの大都市で、モダンなインテリア空間の高級レストランが増えて来たが、これらは若い世代の台頭によってレストランでの体験がエンターテインメント性を帯び、歴史的空間での伝統料理の体験と対照的な位置づけにおかれるレストランが台頭してきたことを意味する。そしてこれらのレストランでは今迄のような形式にとらわれない自由な構成のメニューが提供されてる。例えば、ミラノ「リストランテ・クラッコ」などはまさに都会的な洗練された空間で、今最も新しい料理を楽しませてくれる。

世界各国の「食」をかなりの高水準で楽しむことができるここ日本において、この空間と食のクロスオーバーは更に多様に発展している。もともと日本には世界が羨望のまなざしを向ける美学があり、それは今やデザインの世界のみならず、料理の世界でも常識となった「禅」の思想である。モダニズムからポストモダン、そしてポスト・ポストモダニズムと言える現代において、この「禅」は重要なキーワードになっている。

料理の世界で言えば懐石や鮨のレシピやプレゼンテーション。空間デザインでは数寄屋や草庵、現代の安藤忠雄などのデザインがそれである。既に和食の世界ではモダンデザインと現代和風は違和感なく融合しているし、むしろそれが伝統的と感じることさえある。
一方でピッツェリア、トラットリア、リストランテというカテゴリー分けまで一般化しているイタリア料理ではそのテーマ性の違いでインテリアデザインのテイストも田舎屋風のデザインからモダンデザインまで使い分けるという現実がある。田舎屋風といっても昔のように似て非なるモノではなく、あらゆる建材が直接現地から取り寄せられ、あるいは職人ごと呼び寄せて作るということも一般化しているのだ。
 このように、レストランの空間デザインを巡る価値観の多様化は、今後更に顕著になっていくに違いない。

■ 厨房機能の変化

これはまず電化厨房の普及が上げられる。シェフという職能が憧れの職業になり、その仕事ぶりをプレゼンテーションすることができるようになったのは、一つには電化厨房の発達によるところが大きい。もちろん昔のように強い炎を操りながら見事なフライパンさばきで料理をするというカッコ良さもあるが、荒々しい厨房の環境は、落ち着いた店内の雰囲気とは相容れないものがあり、「見せる」という決断は、なかなか難しいものがあった。今はなき原宿「バスタパスタ」のセンターキッチンは電化厨房なしで見せる厨房を作ったが、東麻布の「カメレオン」や日本橋の「サンパウ」などは電化厨房を使って、美しい「見せる」厨房を実現している。また、しゃぶしゃぶや焼き肉などテーブルで各自が調理するようなレストランでは、これらの機器の進化や発展も空間の条件として大きなウェィトを占めている。

一方「炭火」の人気も最近の流行として上げられる。日本人は特に炭火好きであるから、和洋を問わず、店内で炭を利用する店が増えている。

■ レストランの専門化

特に東京においては最近見たこともないカテゴリーの専門店が目立つようになった。どんな業界でも業界が発展すればするほど、専門化が進む。和食について言えば、僕達日本人にとっては和食というひとくくりにはできないいろんなカテゴリーがある。鮨、そば、懐石、天婦羅、うなぎ、しゃぶしゃぶ、さらには沖縄料理や土佐料理といった郷土料理もある。これらはもしかしたら居酒屋では全て食べられるかもしれないが、全てそれぞれに専門化した日本料理だ。同様に中国料理もイタリア料理も専門店が増えつつある。カフェやスィーツも同様、あるいはワインバーやビアホールもそうだ。それは料理という文化の進化の証しであり、今後ますます増えて行くであろうと予想される。新しいカテゴリーができれば、おのずとそのための空間が生まれるのであり、機能やサービスと共にデザインにも新たな個性が求められることになる。

このような環境のなかで、それぞれに個性を発散させながら営んでいるレストランがある。これから始まるこのコーナーでは、そういう店の造りやデザインについて、あくまで僕の独断的視点になるが、解説してみたいと考えている。

posted by ニコラス at 00:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 概論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月26日

ご挨拶

■はじめに

レストラン。この言葉の響きには何か「特別」な時間と空間を人々の心に喚起させる不思議な魅力がある。普段一緒に食卓を囲む親しい家族や友人、恋人達と一緒に行くのだとしても、それがレストランだとちょっと特別な意味を持つらしい。エットーレ・スコラ監督の作品「星降る夜のリストランテ」ではローマのとあるレストランでの日常が、テーブルごとのドラマをひとつひとつ、時に重ねながら愛嬌たっぷりに描かれている。

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しかし僕らにとってはレストランはまだまだ非日常の世界。だからこそ憧れもあるのだろう。 僕達がレストランに期待するもの、それは味、サービスを軸として、空間の心地よさや記憶に残る会話など広い付加価値を含むものだ。このコーナーでは普段あまり語られることのないレストランの「空間」について考えてみたいと思う。そしてできればその考察を通して、オーナーの思いやホールスタッフの考え方、あるいはデザイナーの狙いなどが浮き彫りにできたらと思う。
posted by ニコラス at 23:49| Comment(0) | 概論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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